Musée Guimet
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Musée Guimet | 日本 ー コレクション

日本 ー コレクション

 ギメ美術館の日本部門にあるコレクションは、およそ11,000点を数えます。紀元前3000年-前2000年の日本誕生の時代から、明治時代の到来(1868年)までにわたる豊富で多様な日本美術の全容をカバーしたコレクションです。
 このコレクションでとくに重要なのは、縄文文化(土製の壷や小像)、弥生文化、古墳文化(紹介作品:東京国立博物館との交換品の埴輪MA1338)以後展開した、日本の仏教美術の歴史をたどることが出来ることです。彫刻や絹絵のコレクションはその質の高さ、テーマの一貫性で目を見張るものがあり、8世紀から15世紀にわたる仏教芸術の様式や図像の変遷をよく理解させてくれます。
この古代・中世の素晴らしいコレクションの他に、16世紀から19世紀の掛物、巻物、屏風なども、世俗画の諸流派や日本画と特に浮世絵の歴史の流れを物語ってくれます。浮世絵は、20世紀初頭に大収集家たち(カモンド、ケクランなど)によって集められたおよそ3、000点が所蔵されています。ここに紹介の「武蔵野」(EO2007)もそのひとつです。 (...)
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埴輪(はにわ) 
古墳時代(250年-650年)
古墳後期(6世紀)
素焼き土製
高さ:1,20m
MA1338
 冠りものを戴き、衣装を身に付けた兵士の姿。その平然とした表情をなす目と口は、粘土にごく簡単に開けられた穴である。大きく膨らんで、膝丈でしぼったズボンと篭手を付け、ベルトには短刀を通している。これら装身具から推測できるのは、おそらくこの像は高貴な武人であり、その様式から関東北部に出土したことがわかる。この円筒の上に乗った像は「円筒埴輪」と呼ばれ、葬送用のものであり、写実的に作られた男性像、巫女、動物、または楯や家、供物用の杯、あるいはたんに円筒状の形のものなどが一緒に並べられている。容貌や衣装などにさまざまな違いが見られ、これは当時すでに社会階級が確立していたことを物語っている。 像は土ひもとへらを使って作られている。埴輪は、古墳のまわりや墳頂に丸く、または四辺形に並べられていた。人物や動物を形どった埴輪は、古墳の前方に並べられていた。 (...)
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聖観音菩薩立像
平安時代(794年-1185年)
12世紀初期
木造漆箔
高さ:1,30
MA5947
 この像は慈悲そのものの尊格である観音菩薩である。蓮華座上に立ち、左手には仏教において清らかさを象徴する蓮華の花を一輪持っている。この尊像は日本ではとりわけ平安時代後半に信仰された観音菩薩の初期の像容をしている。この像の特徴から、この像は阿弥陀三尊の脇侍であり、西方浄土の主である阿弥陀仏を中尊として、知恵を象徴する勢至(せいし)菩薩と対をなす一体であったことがわかる。様式の点から見ると、この作品は当時の藤原摂政がつくらせた最高級の作品に近いものである。定朝(じょうちょう)派の影響のもと、観音菩薩はその完璧な姿と肉感的な造形からして、当時の作例のなかでも古典作品である。1124年に建立された中尊寺の金色堂の祭壇におかれた諸尊像の軽快な腰回りと柔らかい表情が非常に似ており、この観音菩薩が12世紀初期の作品ではないかと推定される。 この時代は木造彫刻の発展期にあたる。それまでの一木造りから、寄木の技法を使った寄木造りが確立した。さらにその表面を彩色したり、金箔
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普賢十羅刹女図
鎌倉時代(1192-1333)後半
14世紀
絹本着色、截金
110×83cm
MA2589
手を合わせて祈り、六牙の白象とともに、大飛雲上に乗って現れるこの像は、普賢菩薩(サンスクリット語:Samantabhadra)である。六牙は仏教における菩薩修行徳目の六度(六波羅蜜)を象徴している。この菩薩は実践を意味し、群青の地に、蓮華座の上に主尊として、截金(きりかね)によって描かれる光のすじを放射する金色の二重光背を負って現れる。普賢菩薩をお供する一行もまたこの絵画を特徴づけている。これは羅刹女(サンスクリット語:Rakshasi)であり、超人的な力を持つ女性たちである。彼女たちの役割は、普賢菩薩のそれに近く、法華経の信者たちを守ることにある。この絵画の下方、両角の部分にも光背を負った二天王が描かれている。  鎌倉時代の典型的様式がうかがえる作品で、ダイナミックな動き、人物の特徴やその姿態、截金で表されたきらびやかな全体的な調和にその特色がある(装飾物のすべては金泥で描かれているが、光のすじに関しては、その光をよりいきいきと見せるために、丹の朱色を下地にして截金が使われ
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瞑想達磨
白隠慧鶴(はくいん えかく、1685年-1768年)
江戸時代(1603年-1868年)
18世紀
掛福、紙本墨画
縦0,59m、横0,17m
G.Kaufman寄贈
MA6250
 画家、白隠慧鶴は、中心人物の人となりとなるディテールやその背景となる図柄をまったく無視して、9年もの間、岩壁に向かって座禅を続けたという禅宗の開祖、達磨(菩提達磨)の瞑想の純粋な表現に成功している。シルエットの抽象化、書を思わせる力強く、すばやい筆致から感じさせる荒々しいエネルギーは、この達磨の体からばかりでなく、作者の手からも発散しているようである。「己の内面を見て、人は仏陀になる」という意味の賛もこの精神的求道者を表す肖像に呼応している。合理主義と思考の体系化を否定する臨済宗の教えを反映し、白隠の本能的で書家的な芸術は、精神における無限の自由の鍵を握っているようである。  この直観こそ、強い表現力に至ろうとする禅の水墨画の追求する課題であり、それゆえに禅の画家たちは伝統的絵画の表現方式を遠ざける傾向がある。 (...)
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六曲一双屏風「宇治川扇面流し」
作者不詳
紙本金地着色
江戸時代(1603年-1868年)
17世紀
高さ:1,56m、幅3,612m
MA6264
屏風の端から端にかけて、ゆるやかな起伏の土手の間に流れる川を描いた景色。平安時代(794年-1185年)から描かれている“名所”である。水に浮かぶ車輪、漁に使う梁(やな)、銀色を帯びた川の流れから宇治川であることがわかる。川に流されてくる扇面は、次々とやってくる流れのリズムを刻んでいるようであり、その鮮やかで不透明な色彩は、酸化した銀粉によって色調のトーンを抑えた水流とコントラストを描く。詩的な構成と自由な装飾は平安時代の文学的情緒をほのめかすものである。このようなテーマの結びつきは珍しく、この屏風を特徴づけるものである。金箔地に広がる絢爛豪華さに特色がある絵画は、桃山時代から江戸時代初期にかけて見られる。  このような屏風は、日本画の形態として16世紀から多く見られるようになった。伝統的には偶数枚で構成され、部屋の間仕切りとして使われたが、そこに描かれた絵画は当時の美的真髄を示すものである。 (...)
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色絵三壷文皿
鍋島焼
染付磁器
江戸時代、18世紀
高さ5,8cm、口径20,3cm
この柔らかなカーブを描いた皿は高台(こうだい)が高く、木盃(もくはい)と呼ばれる形をしている。この高台には櫛歯状(くしはじょう)と呼ばれる線が等間隔に描かれている。この非常にオリジナルな三個の壷は、鍋島焼独特の表現であり、優れた繊細さと、装飾性における明快な構成を示している。これらの要素は1680年頃に定まった様式上の方式にしたがったものであり、鍋島の磁器特有の美しさに磨きをかけたものである。この様式の磁器は、その深い自然感、大胆な構成、色調の選び方を錦絵から取り入れている。その製品には、色素の材質や釉薬によってさまざまな種類がある。多色の装飾のものは鍋島焼の最も洗練された様式を代表するもので、主に青、緑、黄、それとしばしば主なモチーフの花に用いられた赤などを使用したものである。  この素晴らしい形を作り上げる鍋島焼の技術には、注意深く材料を選ぶことや、各製造工程を完成させることを必要とした。酸化コバルト・ブルーによる絵付けは模様の輪郭を描くことにある。これに釉
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武蔵野(伊勢物語)
喜多川歌麿(1753-1806)
江戸時代(1603-1868)
1798年頃
錦絵
各37,2×24,2cm
Camondo遺贈
EO2007
この3枚続きの錦絵は伊勢物語の一場面である。禁じられた愛がゆえに人目を避け逃げる2人。雲母(きらら)をふんだんに使用して描かれる満月に照らされ、武蔵野に茂る葦の足もとに隠れる恋人を映し出す。この場面は、国守の追手たちに見立てる5人の女性に2人が見つけられたところで、その女性たちが提灯を持って追いかける姿が他の二枚の画面に描かれる。その艶かしさ、可憐な美しさにおいて、この女性の表現は、繊細な心理的描写を表現する歌麿の様式の特徴を示すものである。歌麿は、細い体つきの、誇り高くも控えめな新しい理想の女性像を描き出している。彼はこの版画の自然の中の恋人たちの他、当時の世に名をはせた愛人たち、遊女の肖像、吉原(江戸の遊郭)で見る官能的な場面なども主題にした。  1790年代は浮世絵の発展において転換期にあたる。多色刷り版画の技術はその頂点に達し、それぞれ違う色を施した版木を、同じ用紙に連続して刷っていく技術が完成した。1765年代以降、多色で
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硯箱(すずりばこ)
江戸時代(1603年-1868年)
18世紀初期
漆器、平蒔絵と高蒔絵による装飾
高さ5,2cm、幅9,8cm
MR380-62
蓋に描かれているのは庭と東屋である。東屋では薫源氏が自分の硯箱の横に座って瞑想をしている。その向かいにはたそがれ時の山の景色が、大和絵に特有の風景として、平目地の地に描かれている。手前には風に倒された菊の花と釣鐘草が写実的手法で描かれ、その装飾画は蓋の裏側と硯箱の内側に続く。箱の内側にはお香入れの4つの箱が並べられており、その装飾の図柄は『源氏物語』52章を彷彿とさせる。漆の花器に生けられた葵、松と梅の枝木のなかで鳴くウグイス、秋の花々の上で音を奏でる2匹のコオロギである。  金を使った豪華さと繊細なデッサンで装飾されたこの硯箱は、18世紀初期にあったきわめて絵画的な漆器の姿を呈している。技巧的に発達したものとはいえ、そのことが清純な描写の魅力を妨げてはいない。作者は『源氏物語』に見られる郷愁を見事に表現する術を得ている。 (...)
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遮光器土偶
縄文晩期(紀元前1000年-前300年)
素焼き
MG25235
 横に割れた大きな目に特色があるこの小立像は遮光器土偶と呼ばれる。これは、北方民族のイヌイットが雪中の光よけに着用していた器具によく似ているためである。別説によれば、これは瞼(まぶた)を閉じたものであり、死後の世界にいることを意味するともいわれる。頭の上に冠を頂いたような髪型、鼻は眉毛のない2つの目の中間に開けられた1つの穴である。レリーフ状になった2本の帯が首飾りとして首のまわりに輪を描いている。上半身は調和のとれた曲線が、幅広の腰幅と肩幅を描いたのち、2本の腕に伸びている。そしてその表面には、点の連なった1本のロープのような曲がりくねった模様が描かれている。このタイプの土偶は女性像に限定されており、さらには体の大きさに比較して小さく作られた手足に特徴がある。このような土偶は一般的に縄文晩期のものである。日本北部、とくに東北や関東地方で発見されている。  土偶は低い温度(800℃)で焼かれた素焼きで中は空洞になっている。 (...)
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伎楽面
奈良時代(710年-794年)
8世紀
桐材塗漆
高さ28,3cm
Gillot寄贈
この伝統演劇「伎楽」の面は、インド神話に登場する霊鳥カルラ(迦楼羅)を表している。カルラは仏教の八部衆の一として日本の仏教図像に取り入れられた。この鳥の顔は赤い羽をまわりに付け、玉をくわえた鉤型のくちばしで獰猛さが強調されている。今は紛失してしまっているがとさかも付いていた。伎楽面はその様式的、図像学的要素を見ると、中国の影響のみでなく、中央アジア、さらにはギリシャからの影響も考えられる。  桐の木材を彫刻したこの仮面は役者の顔を被うものである。表面に残る赤や緑の色素は、元来鮮やかな色が賦彩されていたこと、それが空想的な側面を誇張するためであったことを示すものである。仮面の表面は、まず薄い白土の膜で覆い、さらに漆を塗ったうえでさまざまな彩色が施されていた。  伎楽面は、8世紀の日本において絶頂期を迎えた伎楽という演劇の唯一の遺品である。伎楽の上演内容は、仮面を付けたパントマイムと舞、音楽であり、その内容は世俗的なものであったが、有力な仏教寺院の儀式
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Credits
© Conception et réalisation musée national des arts asiatiques Guimet, avec le soutien du Crédit Agricole